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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7527号 判決 1958年5月08日

原告 米重和子

右代理人弁護士 和田孟

被告 株式会社日本相互銀行

右代表者 高木武

右代理人弁護士 竹腰武

同 徳田実

主文

被告は、原告に対し六〇万円及びこれに対する昭和三二年三月一日以降右金員完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において一五万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告は、第一次的請求として、原告と被告銀行の代理人たる訴外寺坂晴夫との間に原告主張の二口の預金預入れ契約が成立したと主張し、次いで、仮りに右訴外人による右契約の締結がその代理権限の範囲を超えたものとすれば、民法第一一〇条の規定する表見代理の法理により、被告は訴外寺坂の前記契約の締結につきその責に任ずべき旨主張する。しかし、証人寺坂晴夫の証言により真正に成立したものと認める甲第一、二号証の記載(その作成経過は後記認定のとおりである。)をも含め原告の提出、援用にかかる全証拠によるも、訴外寺坂が被告の代理人として(原告主張の代理権限の有無にかかわらず)原告との間に原告の主張するごとき預金預入れ契約を締結した事実については、これを確認することができない。かえつて、後記のとおり、訴外寺坂は、原告の代理人訴外藤平信(原告の母)から、昭和三〇年一二月二四日には原告のため被告銀行上野支店へ六ヵ月の定期預金として預入れ方依頼を受けて現金五〇万円及び原告の印章を託され、また昭和三一年二月二七日には原告のため右の支店へ普通預金として預入れ方依頼を受けて現金五〇万円を託されたものであること、しかも訴外寺坂は訴外藤平依頼の趣旨に添つて右金員預入れの手続をしなかつたため原、被告間には、原告主張のごとき二口の預金預入れ契約が成立しなかつたことが認められるので、前示原告の主張事実を前提とし、被告に対して預金の払戻を求める第一次的請求は、その理由がないものというべきである。

第二、次に、予備的請求たる被告に対する損害賠償の請求について判断する。

(一)  前掲甲第一号証、証人寺坂晴夫、藤平信の証言並びに原告本人尋問の結果(いずれも後記認定に反する部分を除く。)に弁論の全趣旨を参酌すると、訴外寺坂晴夫は、被告銀行上野支店貸付係長として昭和三〇年一二月中原告の父訴外藤平武義が代表取締役の地位にある訴外藤平興業株式会社に対する貸付金回収のため右訴外会社の本店事務所の在る訴外藤平武義の自宅に出入りするうち、原告及びその母藤平信とも相知るにいたつたが、昭和三〇年一二月中右訴外人から「近く媛和子(原告)にあてて米国から纒つた金が届くのだが、同人のためその金員を適切に管理してやりたい。」旨の話があり、同月二四日頃原告承諾のもとに右藤平信から原告のため被告銀行上野支店に六ヵ月の定期預金として預入れる趣旨をもつて現金五〇万円及び原告の印章を受領したこと並びに訴外寺坂は右金員を受領するや、その場で、「日本相互銀行上野支店、支店長席付貸付係長」なる肩書の記載ある自己の名刺の裏面に「預り証」と表題を付し五〇万円を被告銀行上野支店に対する六ヵ月の定期預金として預つた旨を記載して(甲第一号証)、これを右藤平信に手交したことを認めるに足り、右の認定を妨げる証拠はない。

そこで、右認定にかかる訴外藤平信、寺坂晴夫間の金員及び印章の授受についてその趣旨を考えるのに、証人茶木一男の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、右証人の証言によれば、訴外寺坂は被告銀行上野支店の貸付係長であつて被告を代理して客との間に預金預入れ契約を締結する権限を有していなかつたことが明らかであるから、訴外寺坂としては、被告銀行の一行員として前認定のごとき関係にある原告に対するサービスとして定期預金預入れの手続を事実上原告に代つてなす趣旨のもとに藤平信から現金とともに右の手続に必要な印章を預つたものであり、藤平信もまた藤平興業株式会社との取引関係で長く藤平家へ出入りし、被告銀行上野支店において「支店長席付、貸付係長」の地位にあるものと考えていた寺坂に対し、前同様の趣旨をもつて現金及び印章を託したものと当裁判所は認める。

(二)  次に、成立に争いのない乙第八号証、証人寺坂晴夫の証言により真正に成立したものと認める乙第二号証、第七号証、証人寺坂晴夫、藤平信の各証言、原告本人尋問の結果(いずれも後記認定に反する部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、

(1)訴外寺坂晴夫は、藤平信から前記の五〇万円を受領した頃、右の金員を適当に運転して普通の定期預金の利率以上の収益をあげる方法はないものかとの相談を持掛けられたのであるが、たまたま知人訴外津村隆吉が事業資金を必要としていたのを知り、同訴外人のため原告から預つた金員を融通することを思い立ち、訴外藤平に対し、「銀行利子以上の収益をあげるについては、一旦現金を被告銀行上野支店に定期預金として預入れた後、預金証書及び印鑑は訴外寺坂においてこれを保管して置き、右の預金を担保とし寺坂の責任において随時被告銀行から融通を受けて知人に融通し、もつて月三分の利子収益をあげることとしたい。」旨を告げて藤平信及び原告の承諾を得たこと。

(2)訴外寺坂は、前記の方法により原告のため利殖をはかることとし、まず津村に対して二五万円を融資せんとしたところ、同訴外人において五〇万円の融通を希望したためむしろ前記の金員を定期預金にすることなく、自己の手許から直接津村に融資することが好都合であると考え、利殖の方法を右のごとく変更することについて原告及び藤平信の明確なる承諾を得ないのにかかわらず、その頃前示金員全部を訴外津村に融資したこと。

(3)原告及び藤平信は、訴外寺坂を前認定のごとき経緯により知り深く信用していたところから、前記五〇万円の定期預金証書及び原告の印章は、右訴外人においてこれを保管し、かつ、前記(イ)記載の方法により利子収益をあげているものと信じ同訴外人から届けられる毎月三分の利率による昭和三一年二月分までの利子を訴外津村振出しの小切手及び現金をもつて受領したこと、を認定するに足り、右の認定に反する乙第二号証の記載部分及び証人寺坂晴夫の証言部分は、証人藤平信の証言、原告本人尋問の結果と対比し、また次に示す理由により措信することができない。すなわち、乙第二号証の記載及び証人寺坂晴夫の証言中には「寺坂晴夫は、前示の五〇万円を被告銀行に定期預金とすることなく同訴外人から直接その知人に融通することについて藤平信及び原告の承諾を得た。」旨の部分があるが、もし然りとせば、後記認定のごとくその後昭和三一年二月二七日寺坂が藤平信からさらに五〇万円を預るについては、当然に右の五〇万円もまた前回の分同様銀行預金とはせず、寺坂が前記の方法で運転し利殖することの了解が成立する筈であるのにかかわらず、寺坂は明らかにこれを被告銀行に預金する趣旨で藤平信から預つたこと、後記認定のとおりであつて、当時原告及び藤平信が最初の五〇万円は寺坂によつて被告銀行に定期預金として入れられ、寺坂が説明した前示方法により月三分の利子収益をあげているものと信じていたものと認められるからである。

(三)  次に、証人寺坂晴天の証言により真正に成立したものと認める甲第二号証、証人寺坂晴夫、藤平信の各証言並びに原告本人尋問の結果(いずれも後記認定に反する部分を除く。)に弁論の全趣旨を総合すると、

(1)訴外寺坂は、昭和三一年二月二七日原告の代理人藤平信から現金五〇万円を寺坂保管の前示原告の印章を使用して原告のため被告銀行上野支店に普通預金として預入れの手続をして貰いたい旨の依頼を受けて託せられてこれを承諾し、当初の場合におけると同様自己の名刺を使用して預り証(甲第二号証)を作成してこれを右藤平信に手交したこと。

(2)訴外寺坂は、原告及び藤平信の承諾を得ることなく、その頃右の金員を前記依頼の趣旨に添つて被告銀行に預入れないでこれを訴外津村に対して融資したこと。

を認めるに足り、乙第二号証及び証人寺坂晴夫の証言中右の認定に反する部分は、措信することができない。

(四)  そして、証人藤平信の証言及び原告本人尋問の結果によれば、

原告は、その後訴外寺坂から同訴外人に託した前示の金員一〇〇万円のうち四〇万円の返還を受たのみで、残額六〇万円については、未だ返還を受けていないことを認めるに足り、右の認定を妨げる証拠はない。

(五)  以上の認定事実によれば、訴外寺坂は原告代理人藤平信から託せられた現金一〇〇万円をその依頼の趣旨に従つて措置せず、その結果原告に対し六〇万円の損害を及したものというべきである。

(六)  原告は、訴外寺坂の不法行為により原告が被つた前記の損害は、寺坂の使用者たる被告においてこれを賠償すべき責任ありと主張するので、以下右について判断する。

訴外寺坂が原告代理人たる藤平信の委託を受けて二回に合計一〇〇万円を受領したのは、右寺坂が原告のため便宜をはかり被告銀行上野支店に対し右金員の預入れ手続をなすためであつたことは、さきに認定したところである。しかし、寺坂による右金員の受託が、「被告銀行の事業の執行」にあたるかどうかは、また自ら別個に考察すべき問題であつて、前記認定事実により直ちに消極に解すべきではないと考える。思うに、被用者の特定の行為が、民法第七一五条にいわゆる「使用者の事業の執行」にあたるものとするには一つには、使用者との関係において、当該の行為が使用者の本来の事業及びこれと適当な牽連関係ある事項に属することを要し、二つには被用者の職務との関係において、当該の行為が被用者の担当する職務の範囲に属するものと一般人が考えるような客観的状況が存在することを要し、かつ、これをもつて足りるものと解すべきである。

これを本件について考察するに、被告銀行においては、昭和三〇年、三一年当時その社則(乙第一号証)に定める業務の分掌にかかわらず、預金の勧奨には全行員がこれにあたつていたこと、証人寺坂晴夫の証言によつて明らかであるが、一般的にみて、相互銀行の行員が得意先に出向いた際たまたま現金及び印章を託されて預金預入れの手続を依頼され、いわば銀行側のサービスとしてその依頼に応じてこれを受託することは、前記にいわゆる「使用者の本来の事業と牽連関係ある事項」にあたるものというべく、訴外寺坂の前認定の行為は、まさに右の場合にあたるわけである。そして、同訴外人は前認定のごとく藤平信から金員を受託するや、「株式会社日本相互銀行上野支店、支店長席付、貸付係長」の肩書を付した名刺を使用して「預り証」を作成した上、これを原告代理人藤平信に対し交付したのであるから、銀行取引に経験の深くない藤平信及び原告は勿論のこと、一般人が訴外寺坂がその職責の一端として原告のため預金預入れの手続をしてくれるものと考えることは、むしろ自然のことといわねばならないであろう。

以上説示の理由により、訴外寺坂による前示五〇万円二口の受託は、使用者たる被告銀行の「事業の執行」にあたるものと解すべく、その後右訴外人が原告またはその代理人たる藤平信の承諾を得ないで、右の金員を直接他に融通したこと、前認定のとおりである以上、被告は、その被用者たる訴外寺坂の不法行為によつて原告の被つた損害六〇万円を原告に対し賠償すべき責任あること、当然といわねばならない。

第三、よつて、被告に対し六〇万円及びこれに対する前記損害発生の日以後である昭和三二年三月一日以降右金員完済にいたるまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の予備的請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条、を適用して主文のとおり判決する。

(判事 磯崎良誉)

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